核燃施設受け入れの経緯(1980〜1990年)mikkoメモ
1984年4月 | 電事連が青森県に核燃料サイクル事業の要請 | |
1985年4月9日 | 県はに集中立地を受諾 | 安全協定を条件に |
1990年4月 | ウラン濃縮工場の円心分離機の抜き打ち搬入 | |
1990年11月15日 | 低レベル貯蔵施設を国が許可 | 同日午前、大島科学技術庁長官が同社の大垣忠雄社長に事業許可書を手渡した。‥貯蔵センターは原子力発電所から出る作業衣や洗浄水などの低レベル放射性廃棄物をドラム缶に詰めて土中の埋設ピットに貯蔵、放射線防護の必要がなくなるまで300年以上管理、監視する施設。 計画によると、360haの敷地内に第一期分として200リットルドラム缶20万本分の保管施設を作る。操業開始は1992年12月の予定。最終的にドラム缶で約300万本を保管できる大きな施設になる予定。(上毛新聞1990.11.16) |
参 考
Web: